Diary(思い出の記録) Vol.9
<09・7月〜12月>
いよいよサンクトペテルブルクとプラハへ!夢が叶った瞬間だった。信じられないとい
うよりも、とうとう行くことになったのだなというのが実感だ。
父方の伯母と母の友人の一行五人で行った。今回の旅行は鹿児島空港からチャー
ター便で行くもので、行き帰りも安心だった。いろいろ書きたいことがたくさんあるが、詳
しくはサンクトペテルブルク・プラハ紀行で書いていこうと思う。
水の都サンクトペテルブルク&音楽の都・プラハ旅行

長年の夢だったサンクトペテルブルクとプラハ行きが実現!今まで頑張ってきた自分への何よ
りのプレゼントとなった。夢を持つことの大切さを今、改めて痛感している。
2009・7月10日
長い空の旅を終え、サンクトペテルブルク
に着いたのは現地時間で夜の7時5分。夜
といっても昼のように明るい。これがまさに
「白夜」だ。パリで体験した白夜は午後9時
ごろまで明るかったが、サンクトの白夜は一
晩中明るい感じだった。
ホテルの部屋の窓から見た午前0時に沈ん
でいく白夜の夕日はあまりに美しく、隣の部
屋でもうすっかり疲れていびきをかいて寝て
いた父を起こして写真を撮ってもらった。忘
れられない思い出となった。貴重なひととき
であり、私の人生の中で最高の夜でもあった。
初日はサンクトペテルブルクのホテルに一
泊。とてもきれいな部屋だった。
サンクトペテルブルクの白夜の夕日(午前0時)

7月11日
7月12日
* プラハの世界遺産の町チェスキー・クルムロフ周辺を回る。絵に描いたような、とて
もきれいな町並みだった。
夕食はプラハ市内のビアホール。そこで楽団の方達が日本の歌曲を演奏してくれ
て、盛り上がった。楽しい夜のひとときだった。その時の余韻を残して次の日はサン
クトペテルブルクへ。(詳しくはサンクトペテルブルク・プラハ紀行で)
プラハ城から見た町並み
8月5日
* 父方の祖母の三年忌。(照明寺)溝辺の墓参りをして、ロイヤルホテルで私たち
家族三人と伯父・伯母たちとの食事会。とても楽しいひとときだった。
7月25日
* 母校・牧園高校の統廃合に伴う閉校記念誌の原稿依頼、届く。
8月23日
* 母校・牧園高校の統廃合に伴う閉校記念誌の原稿、脱稿。
ようやく原稿を書き終え、送ってほっとしていると、写真も送るようにとのことで写真
も送る。
8月29日
* ソフトボール日本チームの宇津木妙子前監督から私たち家族とお会いしたいとの
お電話を頂いた。突然のことで最初は驚いたが、家族三人で鹿児島空港へ。そこで
宇津木様ご家族と私たちの本のサインをしながらお話をすることができた。
9月20日
* 新潟・ダウン症児親の会「ドレミくらぶ」の岩浪様より新潟青陵大学での講演会後の
アンケートが届く。200名を超える感想の一枚一枚に込められた想いがぎっしりと書か
れていた。なかには私と同世代の若い方々がダウン症や出生前診断、障害への理
解を示している感想もあってとても嬉しく思った。
9月27日
* 聞くまっしシステム6周年記念行事in石川の写真展に添える私のメッセージやポス
ター、エッセー集『21番目のやさしさに』、絵本などを送る。
10月20日
高山中学校(二川明美先生の現在の勤務校)でのスピーチ&交流。町立の学校
とはいえ、まるでホテルのような、とてもおしゃれな学校だった。また、『マヤの一生』
などの作家で絵本作家の椋鳩十さんがこの学校の校歌を作詞・作曲されていたこと
に親近感を覚えた。

両親の若い頃、近所に住んでおられた大窪先生ご夫妻が
講演会に来て下さってとても喜んで下さった。
この中で私が感激したのは『MAGIC CANDY DROP』と「千
の風になって」の英語詩の朗読に合わせて音楽担当の小林
先生が即興でピアノを演奏して下さったことだ。
『MAGIC CANDY DROP(魔法のドロップ)』の朗読後、ア
ンコールに答えて「千の風になって」の英語詩(ニューヨー
クの9・11グラウンドゼロでも朗読された詩)を全校生徒の皆
さんやPTAの皆様の前で披露。体育館に響き渡るピアノの
音色と一緒にコラボレーションをして私自身も忘れられない
想い出のスピーチとなった。
クリスマスを前に、二川先生から私に流鏑馬(やぶさめ)の
形の籐網のオブジェを一足早いクリスマスプレゼントに頂い
た。(写真左)
講演後に送られてきた生徒さんたちのアンケートがすばら
しかった。
二川先生からのクリスマスプレゼント
10月30日
* 鹿児島空港から大阪・伊丹空港経由で羽田空港へ。羽田から列車で栃木・日光へ。
11年前の98年に家族三人で鹿沼に講演で行ったことがあり、今回が二回目の訪問。
小林先生との11年ぶりの再会。

東武日光駅で列車を降りると、11年前のままお
変わりのない小林先生のお姿があった。
小林先生のお車で日光・いろは坂へ。金曜日
にもかかわらず、午後から上ったためにあまり渋
滞もなく、スムーズだった。
11年前は12月だったので、紅葉もなくて寂しい
風景だったが、今回は天気もよく、紅葉が陽に映
えて美しく、感動的だった。南国に住んでいる私
にとって、このような景色を見ることができてとて
も幸せなひとときだった。
小林先生もこのような美しい紅葉はめったに見
られないとおっしゃっていた。
いろは坂の紅葉
栃木・日光、紅葉の旅&島根 そして講演




戦場ヶ原までは行かず、途中の展望台の駐車場に車を止め
て日光のパノラマのような紅葉の山々を眺めることができた。
そのあと中禅寺湖に行き、遊覧船に乗せて下さった。正面に
男体山をのぞみ、ゆっくりと周囲の景色を眺めながら遊覧船で
滑るように回った。湖面に映る紅葉の影がとても美しかった。
中禅寺湖はとても広くて波が立ちやすく、時には大きく揺れ
ることがあり、船酔いをする人も多いと地元の方々がおっしゃっ
ていた。風が冷たかったが、とても気持ちのいい観光ができた。
中禅寺湖畔の駐車場にて
(男体山をバックに)
中禅寺湖を後にした私たちは華厳
の滝へ向かった。
華厳の滝は中禅寺湖の流出口に
ある高さ97mの滝で、日本三大名瀑
の一つにあげられている。
岸壁を水しぶきをあげて一気に落
水する豪快さと、華麗な造形美の
小林先生とのツーショット
両方をあわせ持ち、私たちを釘付けにしてくれる。
テレビ画面だけでは見られない華厳の滝を実際に見ることができた
ことは私自身、貴重な体験になった。小林先生に感謝!(写真右)
ちょうど日も傾いてきたので、ホテルへ送って頂いた。
ホテルで初めて食べた湯葉料理がおいしかった。翌朝、ホテルの周り
を散歩。
11月1日
岩元綾講演会in栃木・鹿沼。(鹿沼市民情報センター 5階マルチメディアホール)
朝の9時半、小林先生が運営されている障害者団体のパン屋さんなどを見学して昼
食をすませたあと、講演会場へ。
開場の1時半になると、続々と人がたくさん集まっ
てきてみるみるうちに満席になった。
折りしも、新型インフルエンザが蔓延し始めていて
予定していた保育のボランティアさんたちが次々と
倒れて、小林先生をはじめ保健師さん、学校の先生
方が保育に当たれることになって講演が聞けないと
残念がっておられた。
鹿沼保健所は11年前、私が講演活動らしいことを
始めた出発点とも言うべきところだ。ここでのスピー
チは私にとって格別な思いがあった。当時の方達と
は違う新しく加われたダウン症の親の方々との出会
いは私に勇気と感動を与えてくれた。
立ち見がでるほどの会場は静かで、熱心に聞いて下さり、時折涙を拭いておられる方々が見
られた。
スピーチを終えて舞台を下りた時、花束を抱えて私のほうへ近づいてくる少年の姿があった。
突然のことで何か言いたげな少年にこの時は声をかけられなかったが、11年前の講演の後、日
光東照宮などを案内して下さった川田様のご長男で当時はまだ赤ちゃんだった凌平くんだった
ことを後で知った。
立派に成長した凌平くんに久しぶりにお会いできてとても懐かしく、嬉しかった。お母様が「あ
の時お会いできてこんなに育てることができました」と言われ、母も感慨深げだった。
夜の交流会もお父様方が初めて集まってこられ、兄弟達も加わって大変にぎやかだった。
後日、講演会後に寄せられたたくさんのアンケートが届く。
11月13日
* チェコ国立フィルハーモニー管弦楽団のコンサート。(宝山ホール・鹿児島市民文化セ
ンター)
とてもすばらしく、今までで最高の感動のひとときだった。私の大好きなクラシック音
楽の一つ・スメタナの交響詩「モルダウ」とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」
を実際に生で聞くことができた。特に「モルダウ」は今年の7月に長年の夢だったサン
クトペテルブルクとプラハに行った時の、カレル橋から見た「モルダウ」のことを思い出
していた。
また、「新世界より」は今まで聞いてきた中で一番すばらしい、忘れることのできない
演奏だった。ラフマニノフのピアノ協奏曲もよかった。
12月8日
講演が終わった後、宍道湖に沈む
夕日をどうしても見たかったので、駆
け足でタクシーに乗って駆けつけた。
やっと間に合って沈んでいく夕日も
きれいだったが沈んだ後のほうがもっ
と美しかったのでカメラでパチリ。(写
真右)
翌日は福間様が車であちこち案内
して下さった。
松江城に登ったが、急な階段で少
し怖かった。
屋形船でお堀巡りをし、お堀から見
る松江城はまた違った趣があった。
福間様に感謝!
12月26日・27日
* 第54回九州民教研鹿児島(霧島)集会。(霧島ロイヤルホテル)
長きにわたって父が中心となってずっとかかわってきた、とても思い入れのある会
だったので今回は家族三人で参加することになった。
開会セレモニーでは二川明美先生の現在の勤務校・高山中学校の生徒さんたち
と卒業生によるよさこいソーランが勇壮に踊られ、7年前の2002年にも同じ九民研の
開会セレモニーでロックソーランを披露してくれたが、今回はまた違った趣があった。
あの時の想い出が甦ってきた。
26日(土)
25の分科会の一つ「特別なニーズを持つ子どもの教育」の分科会で私もレポータ
ーとして発表したが、皆さんの話もとてもいい勉強になった。
27日(日)
外国語分科会で私が大学で学んでいる英米文学のマザーグース(きらきら星)とウ
ィリアム・ワーズワースの「水仙」、英語詩「千の風になって」を発表したが、慣れなか
ったせいもあったのか、思うようにいかなかった。これもいい経験になった。
ホテルの2階ホールにて私の『21番目のやさしさに』のサイン会。父の知り合いの先
生が手伝って下さり、多くの先生方が買って下さって嬉しかった。
私にとって2009年は長年の夢だったサンクトペテルブルクとプラハに家族三人で行くこ
とができた年だった。国内では緑と水の新潟、宍道湖の夕日、美しい紅葉の栃木・日光
(11年ぶりに行った)を見ることができた。その中でたくさんの方々と出会い、忘れること
のできない想い出をたくさん頂いた。多くのすばらしい方々との出会いから勇気をもらっ
た。また、11月にはチェコフィルハーモニー管弦楽団の「新世界より」などの演奏を聞き、
この上ない感動を味わった。
2010年はこれらを今後の活動に生かしていきたいと思う。
宍道湖の日没